信金の支店勤務のとき、大晦日夜9時に営業に出され、行った先のお客さんから「お前は物乞いか」と罵倒されて、信金退社と起業を決意したジェイアイエヌの田中仁社長。
信金を辞めると田中さんは、知人の雑貨会社で経営の基礎を身につけるため、1年間は営業、商品企画、資金回収と中小企業経営者に必要な多くのスキルを学びます。
その上で、雑貨品の製造企画会社を起業しました。自前の工場は持たず、製造工場に製品依頼をして、日用雑貨の製造販売を手がける会社です。
ところが製造したほとんどの製品は売れませんでした。いよいよ追い詰められたとき、キッチン用品のエプロンが売れている情報を耳にして、材料を大量に仕入れ、一般の半値近い価格で売り出して成功しました。
ここで勝ちパターンを身につけました。次は、化粧ポーチがヒット。会社は一気に成長して、このまま好調が続くものと思い込んだようです。30歳の年には、年商4億円、経常利益3500万円。
田中さんは有頂天になって、ポルシェを買い、毎晩高級クラブでどんちゃん騒ぎの毎日です。バブル経済が崩壊して、日本経済が日に日に厳しくなる94、5年のころです。
96年には経常利益がたった50万円、98年には2000万円の赤字でした。倉庫には在庫が山の状態です。
それまでは典型的なワンマン経営でしたが、会社が追い込まれたことによって従業員の話を聞くようになりました。そこで従業員の発案によって中国製バック製造に乗り出し、やっと息を吹き返します。
この時期に初めて、会社は一時儲けることよりも、継続することが難しいことを痛感したようです。2000年に韓国旅行でJINSの原型となるメガネ作りを思い立ちます。
その後は、10年の売上げ106億円から14年の406億円へと、急速に売上げを伸ばしています。成長が早くて怖いくらいです。ただ、会社の柱をメガネに絞り、新商品の出しずらいメガネ市場に新たな風を吹かせています。
【一言】
お客さんニーズを捉える方法を見つけたり、従業員が製品作りに参加したり、田中さんが成長する過程で多くのことを学んでいます。特に、企業経営は、売ることよりも継続することが大事なことに気付いたことは大きいです。テキストを読んで知ったのと、自身の肌で知ったのでは違います。ただ、ヒット商品に依存した経営は間違いなく行き詰まります。
今日も読んで戴きましてありがとうございます。元気にお過ごしですか。 起業アドバイザーの中山おさひろです。
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