阪神タイガースが日本シリーズでオリックスバファローズを下し、38年ぶりプロ野球日本一に輝きました。そこで38年前の1985年(昭和60年)とはどんな年だったのか、多くの関心を集めています。経済に関わる人にとっては忘れられない年だからです。
この年の5月男女雇用機会均等法が成立した年です。現在もわが国の男女雇用は均等とはいえませんが、一応カタチとしてはこの年に女性社員への給与や昇進の差別は止めようということになっています。
6月には投資ジャーナル事件の首謀者中江滋樹が逮捕されました。証券ジャーナリストの中江は投資家に推奨株を紹介して儲けさせ、その後は同じ手で資金を集め、投資せずに持ち逃げして世間を騒がせた男です。新NISAのスタート間近で今回も似た環境にあります。
そして9月22日です。この日は米国を中心に西側先進国の財務相がNYプラザホテルに集まりプラザ合意が図られました。貿易赤字と財政赤字に苦しむ米国が、通貨の切り下げを日本、ドイツなどに提案しこの日意図的なドル安円高が合意されました。
翌日の23日から為替市場ではドルが暴落し、円は1ドル=200円台から100円台に大幅に高騰したのが85年のことです。その日以降日本は円高不況に陥りましたが、次第に円高の威力を発揮しバブル景気へと進んでいきます。
バブル景気によって株価と地価はどんどん上昇を続けます。85年以降日本人は、円高を武器に海外資産を買い漁ります。近年中国資本の日本買い漁りが話題になりますが、30数年前には日本人が米国や西欧で派手な買い物が世界の話題でした。
このバブル景気も89年12月29日日経平均株価が38915円をピークにその後は下がり続けます。地価も91年頃がピークでその後は下がり始めました。当時は、プラザ合意以降の株価と地価の急上昇を誰もバブル経済とは認識していなかったです。
一時的に下がっても再び日本経済は上昇が続くと考えていました。当然「バブル」なんて言葉も誰も口にしていません。そのうちそのうちと思いながら今に至っていることになります。たった5年ほどのバカ騒ぎのためにその後30年も停滞しているのが日本の姿です。
経済の本質を知らないということは怖いことです。今も赤字国債はいくら発行しても日本は大丈夫というMMT理論を信じ借金で国家運営を進めています。38年まえのバブル経済と同じで、誰も責任を取らず国民が選んだ政権によってとんでもない方向に進んでしまいました。
【ひとり言】
前回阪神が優勝した1985年は、日本経済だけでなく日本国家の分岐点でした。その後阪神大震災のあった95年あたりを境に、日本経済は長いトンネルに入ってしまいます。本来なら、このようなジレンマに陥っている時は、社会の仕組みを変えることで新たな目標に向かうものです。なのに日本の政治は、新しいことを嫌う世襲議員が自民党の指導層を占めて、赤字国債による借金で金融緩和に頼り失敗を重ねているのが現実です。
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